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不妊治療の歴史(歩み)

日本では1949年(昭和24年)に初めてAID(非配偶者間人工授精)による赤ちゃん誕生したとの記録があります。

これはAIHではなく、夫の精液では妊娠できなかったので、第三者の精液を用いれば妊娠できる可能性があると判断されてのAIDでした
第三者との性交は難しいため、器具を用いて精液を注入する人工授精が行われました。
現在は、採取された精液は「洗浄・濃縮」し、子宮へ注入しますが、この頃は、採取された精液をそのまま注入していました。

この頃から、AIH(夫精子による人工授精)・AID(ドナー精子による人工授精)の倫理的・法律的問題が盛んに語られたようです。

体外受精ができるまで治療と言えば人工受精まででしたが、この頃の治療のうち、現代の不妊治療と決定的に違うのは、超音波診断装置(エコー)による診断・卵胞チェックが存在しなかったことです
エコー全盛の今、なかなか想像できづらい時代かと思いますが、それもわりと最近まで続いた話です。
また当然、卵管に原因がある不妊や男性不妊は治療法がなかったことになります。


1978年(昭和53年)にイギリスで世界初の体外受精が成功して女の赤ちゃんが生まれました
(日本の体外受精は1983年(昭和58年)に初めて成功しています。)

9年間子供を授かろうと頑張ったものの、妻の卵管に異常があったため自然妊娠は不可能な女性のケースでした。
妻の卵巣から卵子を採取し、夫の精子と受精させ、数日後受精卵を子宮へ戻し、その後着床・妊娠と成功したのです。

2016年の今から数えると38年前に始まった治療です
まだまだ日が浅い技術であることがわかりますね。
また当時、体外受精は「そんな治療は『なし』だろう!」との意見がほとんどだったくらい、当時は、「神様にそむく」行為とした倫理観が一般でした。
それも30~40年前の話です。


1988年(昭和63年)、顕微授精の方法が開発されました。

最初の顕微授精は、卵を取り囲む透明帯に小さな穴を開けてそこへ精子を通して受精をさせる「透明帯部分切開法(PZD)」です。
これで人の卵の受精が初めて報告されました。
その後、透明帯と卵細胞膜の間に何匹かの精子を注入し受精をさせる「囲卵腔内精子注入法(SUZI)」が開発されました。

この頃は、卵子の中に精子を注入するのは卵子にとって危険すぎると考えられていました
しかし、このSUZIをしようと胚培養士が誤って細胞質の中に精子を入れてしまったところ、翌日に受精が進んでいることが確認されるという偶然から細胞質内に精子を入れても大丈夫だとわかりました。

そして1992年(平成4年)、ベルギーのブリュッセル自由大学病院で卵細胞質内精子注入法(ICSI)での妊娠・出産が世界で初めて成功したと報告されました
1994年(平成6年)日本でも初めて、顕微授精で赤ちゃんが誕生しました。

この時点ではまだ凍結胚移植はほとんどありませんでした。
凍結技術が低かったからです。

それが「ガラス化法」という技術が開発され、今のように採卵した卵子を凍結して、後日、解凍して安全に移植することができるようになりました。
これは2006年(平成18年)のことです

これなどもう思いっきり最近です。


このように、高度生殖医療は進歩しているのと同時に、まだまだ日の浅い技術であることも知っておくとも大事な知識だと思います




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